クェツァルの思い出話(コト)

架空旅社 ヘッダ ロゴ / Fake Travel Agency Header Logo / Kapo-Emblemo de Fiksa Vojaĝ-Agentejo / 虚构旅行社 页眉 标志 02. 編集者ノート

☕架空旅社編集部だより:コトの取材メモ

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 こんにちは、編集部のコトです。
 今日は少しだけ、クェツァル王国での取材の話をしようと思います。
 記事には書ききれなかったことや、写真に映らなかった“香り”みたいなものを、ここで少し。

 クェツァルに着いたのは、雨上がりの朝でした。
 空港の外に出た瞬間、湿った空気と果実のような甘い匂いが混じっていて、ああ、本当に熱帯に来たんだなって思いました。
 街の色がどれもやわらかくて、光が滲んでいる。
 スコールのしずくをまだ残した石畳や土の上を、裸足の子どもたちが駆け抜けていく――そんな景色が最初の印象です。

 首都ソイロは、水上都市です。
 建物の多くが川の上に浮かんでいて、通りの代わりに木製の桟橋があります。
 歩くたびに板がきしむ音がして、それがこの街のリズムになっているようでした。
 取材の合間に立ち寄った《カカオ・カフェ》では、地元産のカカオを使ったチョコレートケーキをいただきました。
 口に入れた瞬間、甘さよりも香ばしさが広がって、後味にほんの少しスパイス。
 そのとき隣の席のご夫婦が、「この香りがあると一日が始まるの」と笑っていて、この街にとってチョコレートは“飲み物でも甘味でもなく、空気の一部”なんだと感じました。

 夜は《ランテルナ・デル・リオ》という灯籠流しの祭りを取材しました。
 川に浮かぶ灯籠はすべて手作りで、一つひとつに祈りの言葉が書かれています。
 日が沈むと、水面が金色から藍色に変わり、灯籠の灯がゆっくり流れていく。
 観光客だけじゃなく、地元の人たちが黙って見送っているのが印象的でした。
 音楽もなく、ただ水の音と、人々の呼吸だけ。
 仕事を忘れて、ただその場に立っていたのを覚えています。

 取材の最終日は、郊外の農園《フィンカ・ソル・デ・マーレ》を訪ねました。
 朝早く、霧の中で鳥の声が響いて、光がゆっくり畑の上に落ちていく。
 現地の女性が焼いてくれたココナッツパンと、搾りたてのマンゴージュース。
 それだけなのに、今まで飲んだどんな高級料理よりも、心が満たされました。
 この国では、食べ物の温度や香りに“人の手”がちゃんと残っているんです。
 便利さよりも、時間をかけることを大事にしている。
 その丁寧さが、きっと国全体の空気を作っているんだと思います。

 日本に戻って、記事の写真を整理していたとき、画面越しにあの湿った風を思い出しました。
 写真は綺麗に撮れているのに、どうしても“匂い”だけは閉じ込められない。
 だから、この記事を読んでくれる人が、自分の五感であの国を感じてくれたらうれしいです。
 私にとってクェツァルは、“時間の流れが少しだけ遅い国”。
 慌ただしい毎日の中でも、あの川の音を思い出せば、少し心が落ち着く気がします。

 ――また行きたい国です。次は仕事じゃなくて、ただの旅人として。

【書:編集者コト・ナガミネ】

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