☕架空旅社編集部だより:コトの取材メモ
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こんにちは、編集部のコトです。
今日は少しだけ、クェツァル王国での取材の話をしようと思います。
記事には書ききれなかったことや、写真に映らなかった“香り”みたいなものを、ここで少し。
クェツァルに着いたのは、雨上がりの朝でした。
空港の外に出た瞬間、湿った空気と果実のような甘い匂いが混じっていて、ああ、本当に熱帯に来たんだなって思いました。
街の色がどれもやわらかくて、光が滲んでいる。
スコールのしずくをまだ残した石畳や土の上を、裸足の子どもたちが駆け抜けていく――そんな景色が最初の印象です。
首都ソイロは、水上都市です。
建物の多くが川の上に浮かんでいて、通りの代わりに木製の桟橋があります。
歩くたびに板がきしむ音がして、それがこの街のリズムになっているようでした。
取材の合間に立ち寄った《カカオ・カフェ》では、地元産のカカオを使ったチョコレートケーキをいただきました。
口に入れた瞬間、甘さよりも香ばしさが広がって、後味にほんの少しスパイス。
そのとき隣の席のご夫婦が、「この香りがあると一日が始まるの」と笑っていて、この街にとってチョコレートは“飲み物でも甘味でもなく、空気の一部”なんだと感じました。
夜は《ランテルナ・デル・リオ》という灯籠流しの祭りを取材しました。
川に浮かぶ灯籠はすべて手作りで、一つひとつに祈りの言葉が書かれています。
日が沈むと、水面が金色から藍色に変わり、灯籠の灯がゆっくり流れていく。
観光客だけじゃなく、地元の人たちが黙って見送っているのが印象的でした。
音楽もなく、ただ水の音と、人々の呼吸だけ。
仕事を忘れて、ただその場に立っていたのを覚えています。
取材の最終日は、郊外の農園《フィンカ・ソル・デ・マーレ》を訪ねました。
朝早く、霧の中で鳥の声が響いて、光がゆっくり畑の上に落ちていく。
現地の女性が焼いてくれたココナッツパンと、搾りたてのマンゴージュース。
それだけなのに、今まで飲んだどんな高級料理よりも、心が満たされました。
この国では、食べ物の温度や香りに“人の手”がちゃんと残っているんです。
便利さよりも、時間をかけることを大事にしている。
その丁寧さが、きっと国全体の空気を作っているんだと思います。
日本に戻って、記事の写真を整理していたとき、画面越しにあの湿った風を思い出しました。
写真は綺麗に撮れているのに、どうしても“匂い”だけは閉じ込められない。
だから、この記事を読んでくれる人が、自分の五感であの国を感じてくれたらうれしいです。
私にとってクェツァルは、“時間の流れが少しだけ遅い国”。
慌ただしい毎日の中でも、あの川の音を思い出せば、少し心が落ち着く気がします。
――また行きたい国です。次は仕事じゃなくて、ただの旅人として。




【書:編集者コト・ナガミネ】
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